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転写時のRNAの長さを制御する仕組みが明らかに
―がん化のメカニズム解明につながると期待―
【概要】
東京工業大学大学院生命理工学研究科の山口雄輝教授と山本淳一研究員らは、遺伝子(DNA、デオキシリボ核酸)から作られるRNA(リボ核酸)の長さを、RNAポリメラーゼII(用語1)に結合する「NELF」というタンパク質が制御していることを突き止めた。遺伝子発現のエンジンともいえるRNAポリメラーゼIIにNELFが直接作用して、RNAの長さを適切にコントロールする仕組みを発見したもので、学術的な意義だけでなく、がん化の仕組みの解明につながると期待される。 NELFの働きを人為的に阻害すると、snRNA(用語2)やヒストンメッセンジャーRNA(用語3)といった本来は短いRNAが適切なプロセシング(加工・処理)を受けず、異常に長いRNAが作られるようになる。その結果、機能的に重要なsnRNAやヒストン(用語4)が働けなくなり、細胞は増殖できなくなることが分かった。 RNAポリメラーゼIIという酵素は遺伝子からRNAを写し取る(転写)。従来は、どこからどこまでが遺伝子で、どこからどこまでをRNAに写し取るべきかという情報はDNAの塩基配列に刻み込まれており、RNAポリメラーゼIIは正確に転写を行なうと考えられていた。 この成果は6月27日に英科学誌「ネイチャーコミュニケーションズ(Nature Communications=Natureの姉妹誌)」に掲載される。 |
● 研究の背景
RNAポリメラーゼIIという酵素はDNAからRNAを写し取る。これを転写と呼ぶ。DNAのどこからどこまでが遺伝子で、どこからどこまでをRNAに写し取るべきかはあらかじめ決まっている。転写は開始(RNAを作り始める段階)、伸長(RNAを伸ばす段階)、終結(RNA合成をやめる段階)という3段階(図1)からなるが、転写を開始する位置はプロモーターと呼ばれる塩基配列によって厳密に決まっており、プロモーターにRNAポリメラーゼIIといくつかのタンパク質が結合して転写が始まる。一方、転写の終結は「3´プロセシング」(用語5)というRNAの末端を作り出す反応に伴って起こり、やはり厳密に位置が決まっている。
同様に、ヒストン遺伝子の転写も本来止まるべきところで止まらず、異常に長くポリA付加されたメッセンジャーRNAが作られていた。このように不適切なプロセシングを受けたRNAは本来の機能を果たすことができない。その結果、機能的に重要なsnRNAやヒストンが働けなくなり、細胞は増殖できなくなる。
以上をまとめると、NELFは短いRNAが作られるべきときに②や③の経路が進む手助けをし、反対に①の経路を妨げていることが分かった。NELFは転写が始まった直後はRNAポリメラーゼIIと結合しているが、しばらくするとRNAポリメラーゼIIから外れてしまい、NELFの作用は長く続かない。そのため、長いメッセンジャーRNAが作られる際には、①のプロセシング反応はNELFによって阻害されることなく進行する。こうした仕組みのおかげで、遺伝子ごとに①②③いずれかのプロセシング経路が正しく選ばれ、適切な長さのRNAが作られる。
● 研究の今後の展開・波及効果
遺伝子発現のエンジンともいえるRNAポリメラーゼIIに直接作用して、作られるRNAの長さを適切にコントロールする仕組みの発見は、学術的に意義深い。
NELFはsnRNAやヒストンメッセンジャーRNAの長さを制御していることが今回、示されたが、NELFはその他の多くのメッセンジャーRNAの長さも制御している可能性が高い。がん化した細胞ではメッセンジャーRNAの長さが短くなる傾向があることが、最近のいくつかの研究から示されており、今回の発見は、がん化の仕組みの解明につながることが期待される。
【用語説明】
1.RNAポリメラーゼⅡ:遺伝子発現のエンジンともいえる酵素で、細胞内の遺伝子の大部分がこの酵素によってRNAへと写し取られる。
2.snRNA:メッセンジャーRNAとは異なりタンパク質の情報を持たず、RNAとして機能している。細胞の核内で起こるスプライシングという反応(メッセンジャーRNAの中からタンパク質を作るのに邪魔な配列を取り除く反応)に関わっている。
3.メッセンジャーRNA:遺伝子→メッセンジャーRNA→タンパク質、という有名なセントラルドグマに登場するRNAの一種。タンパク質のアミノ酸配列に関する情報を含んでおり、遺伝子からタンパク質が作られる過程の中間体として機能する。
4.ヒストン:1メートルにおよぶ紐状のゲノムDNAを、十万分の一以下の大きさの細胞の核内に収納するのに必要なタンパク質。ヒストンタンパク質はヒストンメッセンジャーRNAから作られる。
5.3´プロセシング:転写されたばかりのRNAは「未熟」であり、プロセシング(加工・処理)という過程を経て「成熟」し、機能を発揮できるようになる。プロセシングの一種である3´プロセシングはRNAの末端を正確に作り出す反応であり、RNAの長さを決めるという重要な役割を果たしている。大部分のメッセンジャーRNAの末端には、3´プロセシングによってポリAというアデニン塩基が数十〜数百個連続した配列が付加される。
【本成果の発表先と発表日】
発表先:Nature Communications
発表日:2014年6月27日
論文名:DSIF and NELF interact with Integrator to specify the correct post-transcriptional fate of snRNA genes
著 者:Junichi Yamamoto, Yuri Hagiwara, Kunitoshi Chiba, Tomoyasu Isobe, Takashi Narita, Hiroshi Handa, Yuki Yamaguchi
【お問い合わせ先】
山口 雄輝(やまぐち ゆうき)
東京工業大学 大学院生命理工学研究科 生命情報専攻 教授
Email: yyamaguc@bio.titech.ac.jp
Tel: 045-924-5798, Fax: 045-924-5834