遺伝情報を収納し,保護する仕組みの一端を解明

研究室サイト更新に伴う旧サイトからの転載となります。2007年5月に流したプレスリリースです。

1 発表日時         2007年5月11日
2 発表形式         記者クラブ等への情報提供
3 発表タイトル     遺伝情報を収納し,保護する仕組みの一端を解明

4 発表者
半田 宏 (東京工業大学大学院生命理工学研究科・教授)
山口 雄輝 (東京工業大学大学院生命理工学研究科・助教)
成田 央 (大阪大学大学院生命機能研究科・助教) ほか

5 発表概要
ゲノムDNAは非常に長いひも状の構造をしており,そのままでは切れたり,傷ついたりする可能性がある.しかし我々の体の中では,糸巻きのような働きをするヒストンというタンパク質によってDNAが巻き取られ,安定に存在している.細胞が増殖・分裂する過程で,DNAは複製される.これに合わせてヒストンも二倍に増える必要があるが,その仕組みはこれまでよく分かっていなかった.本学大学院生命理工学研究科の半田宏教授らによる研究グループは,DNAの複製のタイミングに合わせてヒストンが増える仕組みを明らかにした.

6 発表内容
遺伝情報の担い手であるゲノムDNAは非常に長いひも状の構造をしている.私たちの体を構成する細胞の大きさは20マイクロメートル(1マイクロメートルは百万分の1メートル)程度だが,その中には一本に引き延ばすと2メートルにも達するDNAが収められている.DNAはそのままでは切れたり,傷ついたりする可能性があるが,我々の体の中では,糸巻きのような働きをするヒストンというタンパク質によってDNAが巻き取られ,安定に存在している.言い換えれば,ヒストンはDNAを細胞内にコンパクトに収納する働きと,DNAを保護する働きをしている.

細胞が増殖・分裂する過程でDNAは複製され,遺伝情報が親から子へと伝えられる.これに合わせてヒストンも増えていかなければならない.実際,DNAの複製のタイミングに合わせてヒストンがちょうど二倍に増える,ということがこれまでに知られていたが,その仕組みはよく分かっていなかった(図1).

ヒストンは転写,プロセシング,翻訳という三つの工程をへて作られる.今回,半田宏教授らのグループは,ヒストンが必要な時期になると,それまで休止していた転写とプロセシングの工程が一致協力して効率的に進むようになることを突き止め,ヒストンの合成に関わる細胞内の因子を同定した(図2).さらに,今回見つかったヒストンの合成経路に異常が生じ,ヒストンの合成量が低下すると,細胞は正常に増殖・分裂することができなくなることも分かった(図2).

以上のことから,DNAの複製のタイミングに合わせてヒストンが増える仕組みが明らかとなった.今回の発見により,遺伝情報が適切に収納,保護され,安全に子孫へと受け継がれる仕組みの一端が明らかとなった.

<より詳しい内容>
細胞が増殖・分裂する過程でDNAは複製され,遺伝情報が親から子へと伝えられる.これに合わせてヒストンも増えていかなければならない.一つの細胞が二つに,二つの細胞が四つに,と増えていくのに合わせて,タイミングよくDNA複製とヒストンの合成が行なわれなければならない.実際,DNAの複製の時期にヒストンがちょうど二倍に増える,ということがこれまでに知られていたが,その仕組みはよく分かっていなかった(図1).

ヒストンはタンパク質でできており,設計図に相当する遺伝子から,転写,プロセシング,翻訳という三つの工程をへて作られる.つまり,転写によって遺伝子からmRNA前駆体が作られ,プロセシングによってmRNA前駆体から成熟mRNAが作られ,翻訳によって成熟mRNAからタンパク質が作られる.DNAが複製される時期にのみ,この工程に従ってヒストンタンパク質が作られ,DNAの複製が起こらない時期には,翻訳の工程は正常に稼働しているにもかかわらず,ヒストンタンパク質は合成されない.

半田宏教授らのグループは従来から,いろいろな遺伝子からタンパク質が作られる仕組みについて研究していた.今回,半田宏教授らはヒストンが必要な時期になると,それまで休止していた転写とプロセシングの工程が効率的に進むようになることを突き止め,さらに,ヒストンの転写とプロセシングにNELF,CBC,SLBPという細胞内の因子が関わっていることを明らかにした(図2).一般に,転写とプロセシングの工程は別々に進むと考えられているが,ヒストンの場合はこれらの工程は緊密に連携して効率よく進むようだ.この転写とプロセシングの連携には,前述の細胞内因子が重要な役割を果たしているらしい.面白いことに,NELF,CBC,SLBPいずれかの因子が欠損した細胞では,ヒストンの合成は転写の工程までは進むが,異常なプロセシングが起こり,不良品のmRNAが蓄積する.その結果,ヒストンが作られるべきDNA複製時にヒストンが作られず,細胞は正常に増殖・分裂することができない.

ヒストンが作られるタイミングはSLBPによって調節されているようだ.SLBPはDNAが複製される時期の細胞内にのみ存在し,ヒストンの合成を担っている.DNA複製の時期が終わるとSLBPは分解されてしまうので,DNA複製の時期以外にはヒストンは合成されない.

一回の細胞分裂の間にDNAとヒストンはちょうど二倍に増えるはずである.DNAが正確に二倍に複製される仕組みは盛んに研究され,ある程度のことが分かってきているが,ヒストンが正確に二倍に増える仕組みは分かっていない.細胞内のヒストンの量をはかる何かが細胞内に存在し,それがヒストンの合成量を適切に調節していると考えられるが,そのような仕組みは今回の研究からも分からずじまいだった.

7 発表雑誌
Molecular Cell, volume 26, issue 3
掲載日:2007年5月11日
表題:NELF interacts with CBC and participates in 3’-end processing of replication-dependent histone mRNAs

8 注意事項 
embargo(報道規制)が米国東部時間で5月10日正午(日本標準時で5月11日1時)に設定されている.

9 問合せ先
山口 雄輝
e-mail:yyamaguc@bio.titech.ac.jp

10 用語解説集     
ゲノムDNA:遺伝情報が刻み込まれたひも状の物質.複製され子孫へと受け継がれる.
ヒストン:すべての細胞が持っているタンパク質.糸巻きのような働きをしてゲノムDNAを巻き取る.

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