肝炎の悪性化を引き起こすウイルスタンパク質の働きを明らかにした

研究室サイト更新に伴う旧サイトからの転載となります。2001年7月に流したプレスリリースです。

<発表雑誌>
掲載誌:Science
掲載日:2001年7月6日
表 題:Stimulation of RNA polymerase II elongation by hepatitis delta antigen
著 者:Yuki Yamaguchi, Julia Filipovska, Keiichi Yano, Akiko Furuya, Naoto Inukai, Takashi Narita, Tadashi Wada, Seiji Sugimoto, Maria M. Konarska, and Hiroshi Handa

<背景>
現在、肝臓病は結核に次ぐ国民病と言われている。肝臓病の多くは肝炎ウイルスによって引き起こされ、わが国ではC型肝炎ウイルス (HCV) とB型肝炎ウイルス (HBV) が大きな問題となっている (それぞれ全体の7割と2割程度を占める)。さらに、HBVと共に感染して、肝炎の悪性化を引き起こすD型肝炎ウイルス (HDV) が知られている。B型肝炎の患者のうち、通常は1割程度が慢性化して肝硬変へ進行し、さらに肝硬変からは年に7パーセントの人が肝癌を発症する。HBVにHDVが伴なったD型肝炎だと、この悪性化のリスクが高くなる。また、急性肝炎の中で致死率が極めて高い劇症肝炎に罹るリスクは、B型肝炎の1パーセントに対して、D型肝炎は2〜20パーセントだ。さらに深刻なことに、B型肝炎の治療に主に用いられている薬であるインターフェロンやラミブジンが、D型肝炎にはあまり効かないと報告されている。

HDVのゲノムはリボ核酸(RNA)という物質でできており、デオキシリボ核酸(DNA)でできている私達の細胞のゲノムとは異なる。HDVのゲノムにはD型肝炎ウイルス抗原(HDAg)という、たった1種類のタンパク質しかコードされていない。従って、HDVは、宿主細胞に存在するたくさんの因子を借りて増殖していると考えられる。例えば、HDVゲノムの複製は、宿主のRNAポリメラーゼ2 (RNAP2) という酵素によって触媒される。HDAgはHDVの増殖に不可欠であることは分かっていたが、その詳しい働きについてはほとんど分かっていなかった。

<結果>
RNAP2は、ヒトゲノムのDNAからRNAを合成し、遺伝情報を引き出す、とても重要な酵素だ。私達は以前、RNAを合成途中のRNAP2に結合して、その一時停止を引き起こす因子DSIFとNELFを発見した。NELFの構造を詳しく調べたところ、その一部がHDAgに似ていることに気が付いた。そこでHDAgの働きについて調べてみたところ、HDAgはNELFに代わってRNAP2に結合し、RNAP2の働きを活性化することを発見した。このHDAgの働きは、RNAP2の本来の基質であるDNA上でも、HDVのRNA上でも見られた。ウイルスの因子がこのような形でRNAP2の働きを直接、制御しているという例は、過去に報告がない。

<考察>
HDVはRNAP2を、その本来の基質でないRNA上で働かせ、ウイルスゲノムの複製に利用している。そのためには、HDAgが宿主の抑制因子 (NELF) を取り去り、RNAP2を活性化することが大切なのだろう。

HDVの感染が肝臓病の悪性化を引き起こす原因は、まだよく分かっていない。HDAgはDNA上のRNAP2に対しても働くので、それが宿主細胞の性質を変えてしまう (癌化など) 可能性がある。このようなHDAgの働きによって、肝臓病の悪性化を説明できるかもしれない。

HDVを標的とした薬は、劇症肝炎のリスクを減らし、慢性肝炎の悪性化を食い止められるはずが、現在までそのような薬は開発されていない。今回、HDVが持つ唯一のタンパク質であるHDAgの働きが明らかとなった。それを足掛かりにした抗HDV薬の開発が期待される。

HDVは、植物の病原体であるウイロイドと共通の祖先を持つのではないかと言われている。しかしウイロイドにはHDAgに相当するものがない。今回、宿主細胞の因子であるNELFの一部がHDAgと似ていることが分かった。このことから、ウイロイドに似た共通の祖先が、そのゲノムにNELFの一部を取り込むことによって、HDVが誕生したという可能性が考えられる。

上部へスクロール