サリドマイド催奇性における主要な標的因子を発見

研究室サイト更新に伴う旧サイトからの転載となります。2010年3月に流したプレスリリースです。

平成22年3月8日

文部科学省記者クラブ 御中
文部科学省科学記者会 御中

国立大学法人 東京工業大学

サリドマイド催奇性における主要な標的因子を発見
-サリドマイド禍以来、半世紀にわたる謎の解明-

○    高機能性磁性微粒子を用いることによるサリドマイド標的因子の単離・同定
○    薬剤非結合型変異体を用いて、サリドマイド催奇性耐性動物を作製
○    催奇性を軽減させたより優れた新薬開発への道

国立大学法人東京工業大学(伊賀健一学長)の統合研究院・半田宏教授と伊藤拓水研究員らのグループは,東北大学加齢医学研究所・小椋利彦教授との共同研究で,1960年前後において引き起こしたサリドマイド禍の主要な原因標的タンパク質を同定した。サリドマイドは1950年代に鎮静剤として開発され、40を超える国々で販売された。しかし1960年代始めに深刻な催奇性(用語1)を有することが判明し、市場からの撤退を余儀なくされた。現在、サリドマイドはハンセン病や多発性骨髄腫に対して改善効果を有することが判明し注目を浴びている。しかし依然として、副作用である催奇性がいかなるメカニズムで生じているか不明であった。今回、半田教授らが開発した高機能性磁性微粒子を用いることにより、伊藤研究員らはサリドマイド催奇性における標的タンパク質Cereblon (CRBN)を単離・同定した。CRBNは軽度精神遅滞に関わることを除いてほとんど機能が分かっていない因子であったが、今回の研究により特定のタンパク質分解に関わる酵素(用語2)で、四肢の発生に重要な因子であることが判明した。またサリドマイドが結合できないように改変した変異CRBNをゼブラフィッシュおよびニワトリに導入したところ、サリドマイド催奇性が大幅に緩和された。今回の成果は,サリドマイド禍以来、半世紀にわたって謎であったサリドマイド催奇性の主要な原因を明らかにしたというものである。また、高機能性磁性微粒子の開発、分子レベルにおけるメカニズム解析、動物を用いた検証と、異分野の技術をうまく統合することによりはじめて為し得たものである。磁性微粒子においては多摩川精機株式会社と共同でスクリーニング装置を開発・市販しており、購入可能である。本研究で得られた知見は、副作用を軽減させたあらたな優れたな新薬開発への道を切り開くことにもなる。なお,この成果はScience誌(3月12日)に発表される。

解説
●  研究の背景
サリドマイドは1950年代に旧西ドイツの製薬会社によって鎮静剤として開発された。およそ40カ国以上で販売された。しかし、1960年代はじめに催奇性を有していることが判明し、市場からの撤退を余儀なくされた。妊娠3-8週目の女性がサリドマイドを服用すると、新生児において四肢や耳などに形態異常をもたらすことが判明したのである。このような催奇性を持つ新生児はサリドマイド児とよばれ、全世界において1万人を超えるとも言われる。この催奇性のメカニズム解明のため世界中でそうとうな努力がはらわれてきたが、そのメカニズムは未だ解明されていない。とくにサリドマイドが直接結合して作用を及ぼす標的分子がまだ特定されていなかった。

このように深刻な催奇性を有しているサリドマイドであるが、近年になりハンセン病の一種(癩性結節性紅斑、用語3)や多発性骨髄腫(用語4)に対して著しい改善効果を有することが明らかとなった。またいくつかの固形癌における臨床作用も研究されている。ハンセン病については1998年に米国にて食品医薬品局(FDA)により処方の認可が得られ、また多発性骨髄腫においては2006年に米国FDAで処方の認可が得られている。我が国においても2005年において、サリドマイドは希少疾病用医薬品に認定され、2008年には厚生労働省より藤本製薬に、認可が下りている。しかしながら、依然として存在する深刻な副作用のため、その使用は厳格に統制されている。もし副作用を除去もしくは大幅に軽減させたサリドマイド誘導体・新薬を開発することができれば、その使用範囲を広げることが可能になる。

サリドマイド催奇性を軽減させた新薬を開発するためにも、サリドマイドの作用機序の解明、特に直接結合する標的因子を同定することが極めて重要である。その点において、半田教授らは、以前から薬剤標的を単純なステップを踏むだけでアフィニティ精製(用語5)を行い単離できる優れたアフィニティ担体・高機能性磁性微粒子(FGビーズ)の開発を行ってきた(図1)。

今回、半田教授および伊藤研究員らは、この高機能性磁性微粒子を用いてサリドマイド結合因子の探索を行い、標的タンパク質Cereblon (CRBN)の単離・同定に世界で初めて成功した。そして生化学・分子生物学・発生学と様々な分野の技術を駆使した異分野融合型の解析を行い、催奇性の主要な原因を担っていること証明した。

図1 高機能性磁性微粒子(FGビーズ). 磁性を持つフェライト(Fe3O4)を有機高分子(スチレン/グリシジルメタクリレート)などで被覆されて作られたもの。この磁性粒子に、標的タンパク質を探索したい薬剤を化学反応により固定化する。直径はおよそ200ナノメートルであり、非特異的吸着が極めて少なく、また固定化薬剤の標的タンパク質との結合機能が高度に保たれる性質を有している。

●  本研究で得られた結果・知見
実験の結果,サリドマイド結合因子であるCRBNは、タンパク質分解に関わる酵素であることが判明した。またサリドマイド処理を行うことにより、その機能は低下することが分かった。サリドマイドはCRBNに結合しその機能を阻害することが示唆された。

半田教授および伊藤研究員らは、CRBNが催奇性とどのような関連を持つのか明らかにするために、モデル動物を用いた解析を行うことにした。そしてまず魚類であるゼブラフィッシュを用いてその関わりを解析した。ゼブラフィッシュを実験動物として選んだのは、1) 体が透明であり観察しやすい。2)遺伝子改変操作が比較的容易。3)個体処理が可能で、統計的な解析も容易である。といった三つの優れた実験上の利点があったからである。魚類においてサリドマイド催奇性を検証した論文が未だ報告されていなかったことから、ゼブラフィッシュにおいてもサリドマイド処理により催奇性が生じることを最初に示した。ゼブラフィッシュにおいては、ヒトの四肢に相当する胸ヒレの形態異常が生じた。また耳に当たる器官のサイズ縮小も見られた。次に、ゼブラフィッシュにもCRBNが存在することから、その機能を抑える実験を行った。結果としてCRBNの機能を抑えると、サリドマイド処理と類似した、胸ヒレの形態異常および耳のサイズ縮小がみられた。サリドマイド処理とCRBN機能抑制が偶然の一致でないことを示すために、サリドマイド非結合の改変CRBNを作製し、ゼブラフィッシュに導入した。導入されたゼブラフィッシュにサリドマイドを導入すると、していない場合と比べ著しく形態異常が緩和されていた(図2左)。

最終的に、ヒトと四肢の骨格が類似している鳥類であるニワトリにおいても改変CRBNを導入することにより催奇性が緩和されるかどうかを、東北大学加齢医学研究所・小椋利彦教授との共同研究で確認した。ヒトにおける四肢とヒレは進化的にその強い関連が証明され、また関係する遺伝子も多くが同様である。しかし形態的にはかなり異なるという問題があった。ニワトリはゼブラフィッシュと比べて遺伝的改変操作が困難である問題を抱えているが、たとえば上肢を形成する上腕骨・尺骨・トウ骨などはヒトの腕と酷似している。またサリドマイド催奇性研究において、長年使用されてきた動物であり、数多くの知見が得られているといった利点がある。東北大・小椋教授は高度なニワトリへの遺伝子導入・解析技術を有していることから解析を依頼した。実験結果として、ニワトリ胚に改変CRBNを導入し、サリドマイドを投与すると、何も導入していないニワトリと比べ著しく四肢の形成不全が緩和されることが分かった(図2右)。

以上より、CRBNが、サリドマイド禍以来半世紀にわたる謎であったサリドマイド催奇性の主要な標的因子であることが証明された。

図2. サリドマイド催奇性耐性動物の作製。(左)通常のゼブラフィッシュにサリドマイドを処理すると、ヒレの形成が著しく阻害されるが、薬剤非結合型の改変CRBNを導入したゼブラフィッシュにおいては、サリドマイドで処理してもヒレが形成される。矢印はヒレを示す。(右)通常のニワトリにサリドマイド処理を行うと、上腕骨から下がほとんど欠損するが、改変CRBNを導入したニワトリにおいてはサリドマイド処理による異常が大きく改善される。完全に非処理と同じ形態にはならないが、各骨格のパーツは欠損されず保持されている。

●  研究の今後の展開・波及効果
今回の結果により特定されたCRBNはサリドマイド催奇性における標的であることは分かったが、主作用である鎮静作用や抗癌作用(多発性骨髄腫など)、ハンセン病への改善効果などにおいてどのように関わっているのか不明である。今後、CRBNの主作用への関わりを明らかにしていこうと考えている。もしCRBNが主作用と関係なく副作用しか担わないのであれば、CRBNと結合しないように改変したサリドマイド誘導体の開発を目指し、もし関わるようであれば、CRBNの機能的下流をさらに検証し、主作用と副作用に分岐するポイントを明らかにし、そこをターゲットする新薬開発を目指していきたいと考えている。

本研究で発見されたCRBNは、半田教授らによって開発された高機能性磁性微粒子(FGビーズ)を用いることによりはじめて単離できたタンパク質である。このFGビーズの使用により未発見の薬剤標的の発見は極めて容易となり、また本研究によりその卓越性が示されたこととなる。FGビーズは多摩川精機株式会社と共同でスクリーニング装置とともに既に市販されており、研究者であれば産学官問わず入手可能である。

本研究は異分野融合型研究である。高機能性磁性微粒子の開発(有機化学・応用物理学)、サリドマイド結合因子の単離・同定技術(生化学)、細胞内におけるタンパク質の機能解析技術(分子生物学)、ゼブラフィッシュやニワトリを用いた解析技術(動物学、発生学)といった数多くの学問がうまく統合されてはじめて為し得たものである。今後も、このような数多くの分野の英知が集結した異分野融合型研究こそが、新たなブレークスルーを生み出してものと確信している。

【用語説明】
1.  催奇性:
ある物質(人工物や天然物)が生物の発生段階において奇形を発生させる作用のことを言う。サリドマイドは、妊娠後3-8週目の妊婦が服用すると、耳や四肢などに形態異常が生じる。これをサリドマイド催奇性と呼んでいる。

2.  特定のタンパク質分解に関わる酵素:
生物が、誕生、成長、老化、死を迎えるように、タンパク質にも一生がある。有害な老廃物を廃棄しないと大きな弊害が生じるように、生命を維持する上で特定の種類のタンパク質の分解は極めて重要である。このプロセスで関わる酵素であり、専門用語としてはユビキチンリガーゼと呼ばれる。この酵素は、分解すべきタンパク質に“ユビキチン”と呼ばれる廃棄処理を示す札を付加する役割を果たす。

3.  癩性結節性紅斑:
ハンセン病の一種であり、四肢に耐えがたい痛みを伴う瘤を生じ、神経や関節に炎症を引き起こすことが知られている。サリドマイドはこの疾患に対して著しい改善効果をもたらすことから、米国ではすでに処方が認可されている。

4.  多発性骨髄腫:
血液がんの一種である。骨髄で抗体を産生する形質細胞が腫瘍化することにより生じる。難病であり、平均生存期間は短く3-4年である。近年になり、サリドマイドや武田薬品工業子会社のミレニアム社の開発したベルケイドが著しい改善効果を有することから注目を浴びている。

5.  アフィニティ精製:
薬剤と結合タンパク質の間で生ずる強い親和性(アフィニティ)を利用して選択的に薬剤結合タンパク質を精製する技術のこと。薬剤を化学反応で固定したアフィニティ担体と呼ばれる高分子を実験器具として用いるが、その担体は非特異的な吸着が少ない上に、真の標的に対しては強い親和性を維持する必要があるなど、高度な技術が要求される。半田教授らは、すべての条件を満たす極めて卓越した高機能性磁性粒子(FGビーズ)を開発している。

【本事業の発表先と発表日】
Science誌 2010/03/12
論文タイトル“Identification of a Primary Target of Thalidomide Teratogenicity”
著者 T. Ito, H. Ando, T. Suzuki, T. Ogura, K. Hotta, Y. Imamura, Y. Yamaguchi, H. Handa

【お問い合わせ先】
東京工業大学 統合研究院 半田 宏 教授                 
E-mail: handa.h.aa@m.titech.ac.jp

上部へスクロール